- 福島良治さんが横浜から糸島へ移住し、多彩な活動を展開するまでの経緯
- 糸島の「出る杭を打たない」寛容な文化と、地元民×移住者が生む共助の精神
- 福島さんが愛する糸島の風景──海ではなく「田んぼ」と「麦畑」の美しさ
- 筑前前原駅周辺の中心市街地を歩く、糸島 まち歩き モデルコース
- 森と海の循環を体感するワークショップ、海を見ながらの朝ごはんなど糸島の「体温」に触れる体験
博多駅から福岡市営地下鉄直通のJR筑肥線に揺られること約45分。終点・筑前前原駅で降りると、そこが糸島の中心市街地。かつての宿場町は、いま、全国から移り住んだ人々が「好きなこと」を持ち寄って、静かに、しかし確実に新しい景色を描き始めています。
今回GOOTが出会ったのは、福島良治さん。横浜から糸島へ移住して10年半。「好き」を起点にした活動を次々と形にしてきた人物です。
糸島 まち歩き ──筑前前原駅周辺の中心市街地、森と海の循環を体感するワークショップ、そして糸島の冬の味覚──。ガイドブックには載らない糸島の「奥」へ、福島さんと一緒に3日間歩いてきました。
横浜から糸島へ ── 福島良治さんが選んだ道

福島 良治(ふくしま・りょうじ)さん
いとしまコンシェル合同会社 代表社員/いとしまちカンパニー合同会社 代表社員
プロフィール|「一番住みたいところ」は糸島
1978年、神奈川県横浜市生まれ。三児の父。子どもを育てる環境を求めて2015年3月に糸島へ移住しました。
移住先を選んだ基準は、ただひとつ。
「全国の中で一番住みたいところに行きたいなと思って、糸島に移住をしてきました」
日本全国を見渡して、自分と家族がもっとも惹かれた場所。それが糸島だったのです。現在は、コミュニティスペースやシェアオフィスの運営、国産落花生100%の無添加ピーナッツバター専門店「いとナッツ」の経営、宿の運営、さらには糸島の中心市街地活性化に向けた取り組みなど、多岐にわたる活動を展開しています。
「今は好きなことをいろいろやってます」
その言葉は、軽やかでありながら、10年という歳月の重みを含んでいます。
糸島との関わり|映画館のないまちに、映画を
当初は、自然の豊かさ、そこから紡ぎ出される食の豊かさ、そして福岡都市圏への近さを享受する「生活者」でした。しかし、人とつながるうちに、福島さんの中で何かが変わり始めます。
「糸島の人がすごくいいっていうことが、移住してきてから非常に思っていて。どんどんいろんな人々とつながるうちに、地域のことや、糸島でいろんな活動がしたくなってきた」
きっかけのひとつが、仲間との飲みの席でした。筑前前原駅前で、移住者同士が将来の夢を語り合っていたら、口々に「映画館のオーナーになりたい」「映画をつくってみたい」など映画に関する声があがった。映画館がなくなってしまった糸島に、映画館を作ろう──「いとシネマ」は、そんな酔った勢いと本気が混じり合うところから生まれました。「星降る伊都の映画館」を掲げた第1回の野外上映は、2,000人超の観客を集める大イベントに。その後、オール糸島ロケの映画制作にまで発展しています。
PTAや地域の各種委員など、暮らしに根ざした役割も引き受けている福島さん。「好き放題やらせてもらっている」と笑いますが、それは糸島という土地が持つ懐の深さがあってこそのことでした。
糸島の特色|「出る杭」を打たない、歴史が育んだ寛容さ
福島さんが語る糸島の最大の魅力は、「人」です。
「本当に多種多様な面白い方々がめちゃめちゃ住んでるんですよね。で、一方で、それを受け入れてくれる地元の地域の方々がいて」
移住者が新しいことを始めても、周囲は寛容に受け入れ、むしろ助けてくれる。他の地域では「出る杭は打たれる」という話をよく耳にするけれど、糸島ではみられない。福島さん自身、好きなことを片っ端からやらせてもらってきた実感があります。
その寛容さの背景には、歴史があるのではないか──福島さんはそう考察します。
「海を隔てた先には壱岐があって、対馬があって、朝鮮半島、中国大陸がある。歴史的にも、外からの人を受け入れるような、日本の一番最初に到達する地だったりしたんじゃないかなと」
古来より大陸からの文化や人が最初にたどり着いた場所。その歴史が、異なるものを受け入れる気質を育んだのかもしれません。
もうひとつ、福島さんが印象的だと語るのは、同業者同士の関係性です。
「同じジャンルなのに、お互いの宣伝とか、フライヤーをお店に置いてたりとか」
競合ではなく共助。ライバルではなく仲間。この空気が、糸島を「温かくて、自己実現がとてもしやすい地域」にしています。
福島良治さんの日常|海ではなく、田んぼに息を呑む

おすすめの風景を訊くと、意外な答えが返ってきました。
「メディアだと海がすごく注目されてるんですけれども、僕がこっちに来て本当に美しいなと思ったのは、田畑。主に田んぼで」
春の麦、夏の稲。二毛作が織りなす糸島の田園風景は、季節ごとにまったく異なる表情を見せます。水田に水が張られると、日中は鏡のように周囲の自然を映し出し、夕方になれば夕焼けを照り返す。そして麦の季節──。
「黄金色にふわーっと麦畑がなって」
まるで映画のワンシーンのような光景が、福岡都心から40分の場所に広がっている。観光メディアが映さない、生活者だけが知る糸島の美しさがそこにあります。
おすすめスポットについては、筑前前原駅周辺を挙げました。
「古くは宿場町として栄えたところに、いろんな方々がいま自己実現をし出していて。多種多様でユニークなお店があるんですよね」
かつての前原宿が、いま「自己実現のフィールド」として再生している。糸島を訪れたら、海だけでなく、この中心市街地でいろんな人と出会い、いろんなものに触れてほしい──福島さんはそう語ります。
こんなところがGOOTです|旅が「平和」への一歩になる
GOOT Japanが掲げる「つながり・共創・フェアツーリズム」の理念について、福島さんは「全部共感できる」と即答しました。
「やっぱり人が本当にキーワードだなと思っていて。その土地に行って、その土地の人たちと会って、普段自分が生活してたら出会えなかったであろう人や価値観に出会う」
移住してきたからこそ実感する、「人」を介した旅の価値。それは観光名所をめぐるだけでは得られない、一生ものの体験です。
そして福島さんは、その先にある大きな可能性に目を向けます。
「それがどんどん広がっていったらいいなと思いますし、ゆくゆくは平和活動にもつながっていくことだろうなっていう」
GOOTが世界へと活動を広げていること。糸島にある九州大学に世界各国から留学生が来ていること。それらが結びつけば、糸島の良さを世界に伝えるだけでなく、各国の良さに触れるきっかけにもなる。ローカルとローカルがつながり、人と人がつながり、やがてそれは国境を越えた理解と平和へと広がっていく──。
「そういう可能性って日本全国いろんなところにもあると思いますし、本当に楽しみにしています」
観光客を「仲間」に変えるフェアツーリズムの思想は、この寛容な土地にこそよく似合います。100人の観光客より、何度も訪れる10人の友人を。糸島は、その理想をすでに体現している場所なのかもしれません。
福島さんと歩く糸島 ── 100人より「10人×10回」訪れたくなるまちの物語
ここからは、3日間のモデルコース「糸島 まち歩き 体験記」として、福島良治さんの案内でまちを歩きます。この体験記は、筑前前原駅を起点に、前原商店街→森の循環体験→海を3日で巡るモデルコースです。
単なる名所巡りではありません。移住者と地元の人々が「好きなこと」を持ち寄って生まれた個性豊かなスポットを巡りながら、海沿いの観光地だけでは出会えない糸島のもうひとつの顔──「自己実現のフィールド」へ踏み込む3日間の旅です。
【1日目】中心市街地(筑前前原・前原商店街)を歩く──旧宿場町に芽吹く「好き」の生態系
オープンコミュニティースペース みんなの|まちに開かれた「居間」になる多目的スペース


筑前前原駅から歩いて7分。通りの角に、見上げるほど高い鉄塔を背負った白い建物が現れます。「OPEN COMMUNITY SPACE みんなの」としてまちに開かれたこの場所は、福島さんが運営する施設のひとつです。
ガラスのドアを開けると、まず目に飛び込んでくるのは、木の壁一面に貼られたフライヤーとチラシの群れ。「アートスクール ひみつきち」「科学教室」「寺子屋しましま」「Sailing Boat 会員募集」──子ども向けのワークショップから地域のサークル活動まで、糸島で「何かやりたい人」の情報が、ここに集まっています。


木のカウンターの上には、糸島の観光マップやパンフレットが並び、旅人にとっても糸島の入口になる空間です。コピー機やFREE Wi-Fiも完備。まち歩きの起点として、まずここに立ち寄るのもおすすめです。
「みんなのほんだな」と、一杯200円のコーヒー

奥へ進むと、壁一面の本棚が迎えてくれます。「みんなのほんだな」と名づけられたこの棚には、絵本から写真集、地域の本、『星の王子さま』まで、誰かが持ち寄ったであろう一冊一冊が丁寧に並んでいます。壁には地元の新聞記事も貼られていて、糸島の「今」を感じられる場所です。

入口付近には、コーヒーのコーナー。地元ロースターのドリップバッグが一杯200円から。バッグを選んでお湯を注ぎ、本棚から一冊を手に取って腰かける。それだけで、旅先の時間がゆっくりと流れ始めます。
木組みのロフトと、コンクリートのコワーキング



建物の奥には、大きな木のフレームがそびえています。1階はコンクリートの土間にデスクと椅子が並ぶコワーキングスペース。木の階段を靴を脱いで上がると、ロフトにはネイビーのソファが置かれ、窓越しにまち並みが見えます。
上から見下ろすと、この空間の全体像が見えてきます。木の本棚、コワーキングのデスク、受付カウンター、自転車、そして多目的スペース──ひとつの建物の中に、働く場所、学ぶ場所、くつろぐ場所、遊ぶ場所が自然に同居しています。

みんなのあそびば(レンタサイクル・多目的スペース)


カーテンで仕切ることができる奥のスペースには、「みんなのあそびば」と書かれた案内板。フローリングの広い部屋には低いテーブルが置かれ、壁沿いにはずらりとレンタサイクルが並んでいます。「みんなの」という名前のとおり、用途を限定しない自由さが、この場所の本質です。
福島さんはインタビューで、自らの一日を「毎日違うので、パターンがない」と語りました。まさにこの「みんなの」がそうであるように、決まった型にはまらないこと自体が、糸島の暮らしの姿なのかもしれません。
ここで糸島の情報を仕入れ、レンタサイクルを借り、コーヒーを片手にまち歩きの作戦を立てる。あるいは、帰ってきてソファに沈み込み、一日の出来事を振り返る。「みんなの」は、糸島のまち歩きの起点であり、終点でもある場所です。

オープンコミュニティースペース みんなの 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目4-3
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約7分
- 休館日:公式サイトにて確認
- 利用料金:ドロップイン3時間500円、1日1,000円 ※学割あり
- 特徴:コミュニティスペース、コワーキング、レンタサイクル、観光案内、みんなのほんだな、みんなのあそびば、イベントスペース
- 備考:FREE Wi-Fi完備、スマホ充電レンタルあり
- 公式サイト:https://minnano-itoshima.com
※最新情報は公式サイトをご確認ください
まち歩きのプロローグ|唐津街道400年の宿場町を歩く


「みんなの」で糸島の情報を仕入れたら、いよいよまち歩きへ。福島さんの案内で、筑前前原駅の北側に広がる前原商店街へと足を踏み入れます。
日本中の地方が抱える、商店街の衰退。前原も例外ではありませんでした。しかし福島さんは、ここ10年ほどの変化に目を輝かせます。
「ここ5年ぐらいで一気にいろんな人たちが自己実現をし始めて」
商売のためというよりは、自己実現の一環としてお店を構える人が多い。本業を別に持ちながら、商店街の空き物件を借りて自分のやりたいことを形にしている。人通りが少ないと事業としては厳しいが、むしろ「やりたいことをやれる」環境が生まれている──福島さんはそう語ります。
では、その最初の一軒へ。
新スタイル駄菓子屋 トムソー屋|海賊船に乗り込む、大人も子どもも笑う駄菓子屋

商店街の一角に、クマのキャラクターが描かれた白い旗がはためいています。「新スタイル駄菓子屋 トムソー屋」。茶色い板壁に格子の引き戸、色とりどりのガーランドが飾られた入口の横には、「開店 千客万来 駄菓子あり」と手書きされた木の看板。
足を踏み入れると、そこは駄菓子屋というより、小さな海賊船の船内でした。

店の中央にどんと据えられた木の船。舳先が張り出したその形は、本物の船をそのまま縮小したかのようなつくりです。船の甲板に見立てたカウンターの上には、スナック菓子、棒付きキャンディー、ラムネやガム──色とりどりの駄菓子が、木の樽やワイヤーかごにぎっしり積み上げられています。マストに見立てた柱の上にはぬいぐるみがぶら下がり、黄色いロープが張り巡らされ、まるで船上の祭りのよう。
そして船尾には舵輪(だりん)。これを回すと「ブラックシャーク団」に入団できる──という仕掛けです。「入ったら、向こう半年は陸に帰ってこれねえぜ」と店主の鬼嶋幸治(きしま・こうじ)さん。「それはちょっと困ります」とお母さん方も笑うそう。

赤いジャケットに「トムソー屋」と刺繍されたキャップ。満面の笑みで舵輪を握る鬼嶋さんは、糸島生まれ糸島育ち。大阪で建設現場の現場監督として働いた後、地元に戻ってきました。本業はデザイナー・イラストレーター。店のキャラクターも、ガーランドも、この海賊船も、すべて鬼嶋さんの手づくりです。現場監督で培った造作の腕と、デザイナーの感性が、この空間に詰まっています。
「新スタイル」の所以は、店を構えるだけにとどまらないところにあります。出張駄菓子屋として各地のイベントに出向き、射的やヨーヨー釣りなどの縁日遊びも持ち込む。夏にミュージカル公演が福岡であった際も、ハワイから来た劇団を歓迎するウェルカムパーティーに出張駄菓子屋が登場し、「超大盛り上がり」だったそうです。
昭和の駄菓子屋の記憶がそのまま詰まった木の棚の前で、大人たちは「めっちゃ懐かしい」「これあった!」と声を上げ、子どもたちは色鮮やかなパッケージに目を輝かせる。世代を超えて「遊ぶ」空間。福島さんが言う「子供たちのみならず大人たちにも笑いを届ける」という言葉が、この場所ではそのまま実現していました。




福島さんは、鬼嶋さんのことをこう紹介しました。「もともと鬼嶋さんは構想があって、『笑う商店街で笑店街』にしたいってずっと言ってて。事務所兼の発信基地みたいにやりたいって」。本業のデザインやイラストの仕事をしながら、笑店街で自分のやりたい世界をつくる──まさに、福島さんが語った「自己実現のフィールド」を体現する一軒です。

新スタイル駄菓子屋 トムソー屋 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目1-14
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約5分
- 定休日:月曜日・火曜日 ※営業の場合もあり
- 営業時間:平日15:00〜17:00(土日祝13:00〜)
- 特徴:海賊船をテーマにした新スタイル駄菓子屋。出張駄菓子屋も対応
- 公式サイト:https://tomsawyer-dagashi.studio.site
※最新情報は公式サイトをご確認ください
糸島くらし×ここのき|「地元の木を地元で使う」から始まるセレクトショップ

トムソー屋を出て商店街をさらに歩くと、「糸島くらし×ここのき」という看板が。糸島で暮らす作り手たちの作品を販売するセレクトショップです。
じつはこのお店、ここ5年で生まれた「新しい波」より一回り先輩にあたります。10年以上前からこの商店街に根を張り、今の前原を面白くする動きの下地を作ってきた一軒。後から移り住んできた人たちが「自己実現のフィールド」として商店街を選ぶようになったのは、「ここのき」のような存在がずっと明かりを灯し続けてきたからかもしれません。
棚の上の「糸島の暮らし」
店頭から奥へ進むと、ジャンルを超えた手仕事の品々が、木の棚板の上に丁寧にディスプレイされています。その品揃えの幅に驚かされました。

棚には、杉の弁当箱が段々に重ねられ、その下には醤油など調味料の瓶。別の棚をのぞいてみると、かわいらしいイラストのラベルをまとったジャムがずらりと並んでいます。
真鍮や銀のアクセサリー、ハンカチに、木のカトラリー、箸置き、陶器の花瓶──ひとつひとつが、この土地で暮らす誰かの手から生まれたもの。量産品は見当たりません。




「地元の木を地元で使う」という思想

店主の野口智美(のぐち・さとみ)さんは、糸島にルーツを持ち、森に魅せられたと言います。
「環境のために、地球のために何かしなきゃというところがあって、たまたま出会ったのが林業だった」
日本全国、戦後に植えた杉の木が余っている。海外では森林伐採が問題になり砂漠化が進む一方で、日本では余っていて山が荒れている。その矛盾を解くひとつの答えが「地元の木を地元で使う」ことだと野口さんは考えています。
「自分が使える範囲が見える暮らしができたら、いろんな問題が解決するんじゃないかな」


木に限らず、エネルギーも、食も、手仕事も。作り手のものを扱っているのも「地産地消」の延長線上にある。地元の人が作ったものを、地元の人が使う。量産ではなく手仕事のものが暮らしに根づいていく──そんな循環を、この一軒のセレクトショップから広げたいという想いがあります。
商店街の古い建物を生かし、糸島の「暮らしの手触り」を凝縮した場所。ここで手に取った一品が、帰ってからの暮らしをほんの少し変えてくれるかもしれません。

糸島くらし×ここのき 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目9-1
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約7分
- 定休日:火曜日
- 営業時間:10:00〜18:00
- 特徴:糸島の作り手による木工や陶器などクラフト・食品・衣料のセレクトショップ
- 公式サイト:https://www.coconoki.com
※最新情報は公式サイトをご確認ください
山とスナック|「飲んで標高、稼いじゃってください」 山をコンセプトにした会員制スナック
商店街の昼の散策を終えたら、夜はもうひとつの「前原」へ。

茶色いタイル壁に、丸い行燈看板が灯っています。山のシルエットに「山とスナック」の文字。白いのれんにも同じロゴ。店頭のメニュー看板を読んで、思わず足が止まりました。
当店は、「山をツマミに飲んで楽しむ」会員制スナックです。山に登る人も登らない人も、糸島の自然や、人生の山や谷を肴にどうぞお楽しみください
そして、メニュー欄。「入山料」(初回のみ会費)300円。「山岳保険」(チャージ)500円。「命の水」(お酒やソフトドリンクなどのセルフ式飲み放題)2,000円〜。「行動食」(おつまみ)500円〜。「山のアドバイス」──プライスレス。さらに「※野生動物への影響を考慮し、カラオケはありません」。徹底しています。
飲んで登る、糸島の山
店内に入ると、まず手渡されたのが「入山届」と書かれたメンバーズカード。


「山って、登山口に登山届ボックスっていうのがあって」
ママの米村奈穂(よねむら・なほ)さんがそう説明してくれました。開くと中はスタンプカード。糸島の山が20座、並んでいます。1,000円で10m。登る山を決めてスタンプを集めて、登頂した際には標高によって、ちょっとしたお楽しみが用意されているそう。
「皆さん、思った以上に真面目にこれを実行されてます」
オープンから半年あまりですが、もう2座をクリアした常連もいるのだとか。
壁に浮かぶ糸島の稜線


カードだけではなく、店のすべてが山にちなんでデザインされています。コースターはコンパスの意匠。おつまみはシェラカップに盛られたナッツとドライフルーツとチョコレート──「行動食」です。
奥には、壁に掛けられた糸島半島の木製立体地図。その隣には紙の地図が貼られ、黄色い付箋がびっしり。反対側の壁には、『TRANSIT』のバックナンバーがずらりと並んでいます。山と旅の本が並ぶ本棚の横には、青いカーペットの小上がり。クッションと羊毛のラグ、赤い小卓が置かれた、旅心をかき立てる寛ぎのスペースです。


山のカルチャーを
ママは、山に登って記事を書く仕事をしているフリーライター。多くの登山者にインタビューを重ねてきた経験から、この場所を作りました。
「昔は山岳会という山のサークルみたいなものがあって、先輩から山の技術や厳しさを教わって山に入る文化があったんですけど。でも今は高齢化で、そういう文化がだんだん小さくなってしまって」

SNSやYouTubeで独学する時代。それでも、直接会って話すことで得られるものがある。技術を持つベテランからは知識を、始めたばかりの初心者からは新鮮なモチベーションをもらえる。
「昨日も83歳の方が来られて。昔は登ってたけど今は登れなくなった、でもこんなにここで話せるとは思わなかったって、すごく喜んで帰られたんです」
代表の下田栄一(しもだ・えいいち)さんは、別の会社を経営しながらこの場所を運営しています。「カルチャースナック」をやりたかった、と下田さんは言います。テーブルや内装の多くは、息子さんと二人でDIYしたもの。

「地方で商売を成り立たせるのは難しい。でもこういうことをやってるのが楽しいから」



山とスナック 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目2-27
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約6分
- 定休日:公式サイトにて確認
- 営業時間:19:00〜23:00(日曜は18:00〜22:00)
- 特徴:山をコンセプトにした「カルチャースナック」。糸島の山20座をスタンプで登頂するシステム
- 公式サイト:https://www.yamasuna.com
※最新情報は公式サイトをご確認ください
【2日目】前原の「奥」へ── 糸島の「人」に会うまち歩き
糸島市観光協会|まち歩きの羅針盤を手に入れる

糸島 まち歩き 2日目の朝。まず向かったのは筑前前原駅近くの糸島市観光協会です。
中に入ると、天井からは糸島のTシャツがずらりと掛けられています。壁面のラックにはパンフレットやマップ類がぎっしり。奥にはレンタサイクルも並んでいます。
目を引いたのは、ガラスケースに貼られた糸島新聞のポスター。猫のキャラクターが、糸島の方言を身振り手振りで教えてくれています。「たまがる」(驚く)、「そうつく」(うろうろする)、「はがいか」(悔しい)、「すいとう」(好き)──。旅先の言葉を知ると、土地との距離がぐっと縮まります。
スタッフが広げてくれたのは、糸島半島全域の観光マップ。筑前前原駅を起点に、トゥクトゥクや自転車で行けるルートが記され、主要スポットへの距離と所要時間が一目でわかる実用的な一枚です。
まち歩きの前に立ち寄れば、この日の足取りが変わるかもしれません。
糸島市観光協会 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央1丁目1-18
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約1分
- 特徴:観光案内、パンフレット・マップ配布、レンタサイクル、グッズ販売
- 公式サイト:https://kanko-itoshima.jp
※最新情報は公式サイトをご確認ください
郷土文具のお店 小富士|「その土地でしか買えない文房具」を作る、4つの店が同居する場所
観光協会を後にして歩くこと6分。グレーの外壁に、「方眼紙」をモチーフにした白いのれんが風に揺れる建物が見えてきます。右端には立体の「店」の文字。入口脇に置かれた水色の看板には「文房具 郷土文具」の白抜き文字と、小さな山のロゴ──「小富士」。

暖簾をくぐった先に広がるのは、「文房具屋」のイメージを心地よく裏切る空間でした。
「郷土玩具」ならぬ「郷土文具」
店主の後原宏行(せどはら・ひろゆき)さんが、店のコンセプトを説明してくれます。

「郷土玩具ってあるじゃないですか。その地方のおもちゃ。それの『郷土文具』っていうのを作りたくて。地元の作家さんと一緒に文房具を作って、ここでしか売らない」
壁沿いの棚に並ぶのが、その「郷土文具」たち。糸島の作家とのコラボレーションで生まれた、この店でしか手に入らない品々です。なかでも目を引くのは、自然な木の曲がりをそのまま生かした間伐材のボールペン。ひとつとして同じ形がなく、手に取ると木肌のあたたかさが指先に伝わります。これを作っているのは、午後に森歩きを案内してくれる藤井さん。糸島の森で間伐された木が、書く道具に姿を変えて、ここに並んでいます。

「文房具?」というツッコミ
一方、店の手前に広がるテーブルには、色とりどりのペン、鉛筆、ノートなどが所狭しと並んでいます。ドイツのLYRA社の鉛筆、ITO BINDERYのメモブロックやドローイングパッド──大手量販店ではあまり見かけない、小さなメーカーの品を中心にセレクトした「賑やかし」の文房具コーナー。文房具好きなら動けなくなりそうな密度です。


しかし、店内をさらに見回すと、ただの文房具屋ではないことにすぐ気づきます。
ハンガーに掛けられたTシャツ。胸元にはペンが一本挿さっています。「PENHOLDER」──「これも文房具」と後原さんは笑います。つまり、Tシャツの形をしたペンホルダーです。

さらに棚を見ると、アーガイル柄のベルトが何本か並んでいます。「これ、ベルトじゃなくて?」と聞くと、「30センチ定規」と返ってくる。身につける定規。このあたりで、この店が「文房具」の定義を楽しく拡張していることが伝わってきます。

「結構『文房具?』みたいなツッコミも毎日」
そのツッコミを待ち構えるように、店はますます自由に広がっていきます。

昔ながらの量り売りと、西アフリカのかごバッグ
奥の棚には、ガラス瓶がずらりと並ぶコーナー。なたね油、ごま油、乾物、豆類、スパイス──これは同じ空間に入っている「量り売りの店」の領域です。必要な分だけ量って買う、昔ながらの商いのスタイルが、文房具屋の奥で営まれています。

色鮮やかな手編みのかごバッグが所狭しと並ぶコーナーも。壁に貼られた手書きのポップには「西アフリカでひとつひとつ大切に手編みされたフェアトレードのかごバッグです!」の文字。素材はエレファントグラスという水草で、持ち手はヤギ革。すべてが一点もので、色も大きさも形も異なります。

後原さんが説明してくれた、この空間の仕組み。
「店が開いてるところが少ないから、一箇所に何店舗か入れて。そうしないと店が増えないから」
郷土文具の文房具店、量り売りの店、アフリカの雑貨屋──そして奥には書店。ひとつの建物に4つの店が同居する、商店街の空き物件を生かす知恵です。
思い出書店|思い出を交換する、小さな古本屋
後原さんの案内でさらに奥へ進むと「思い出書店」と壁に記された小さな部屋が。アーチ型の入口をくぐると、木の棚が両側に渡され、そこに本が一冊ずつ、帯のような紙を巻かれた状態で面出しされています。


ここは思い出を交換する古本屋「思い出書店」。「言葉」を軸に事業を展開する沖縄の会社が始めたこの仕組みの一号店は沖縄にあり、ここが二号店です。
帯には、前の持ち主が手書きした「この本の思い出」。読んだときの気持ち、出会ったきっかけ、誰かにすすめたい理由──小さな方眼紙に綴られた、一人ひとりの物語です。
「自分の好きな本を持ってきて、この帯にその本の思い出を書いて置いておくと、一冊借りられる。人の思い出と一緒に借りて帰って、返したらまた別の本を借りて、楽しむことができる」
お金で本を「買う」のではなく、思い出を添えて「交換」する。方眼紙の帯を一枚ずつ読んでいると、思った以上に長居してしまいました。

郷土文具のお店 小富士 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前央3丁目3-23
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約6分
- 定休日:火曜・第一土日曜日
- 営業時間:11:00〜15:00(土曜日〜17:00)
- コンセプト:「郷土文具」──地元の作家と共同制作した、この店でしか買えない文房具を中心に、国内外の小さなメーカーのセレクト文具を扱う
- 同居店舗:タリルグラム(オーガニック食材の量り売り)、アニチエ(西アフリカの手編みかご・雑貨)、思い出書店(交換型古本屋)
- 公式サイト:https://kyodobungu.com
※最新情報は公式サイトをご確認ください
MAEBARU BOOK STACKS|商店街の本の交差点(棚貸し本屋/2階の本屋)
小富士を出て、前原商店街をさらに歩くこと数十メートル。「MAEBARU BOOK STACKS」と書かれたガラス戸が目に入ります。1階は「糸島の顔がみえる本屋さん」。2階には「ALL BOOKS CONSIDERED」「なないろ工房」。ひとつの建物に、複数の店舗が同居しています。
1階|100人の「棚主」が選ぶ本棚
店の中に入り、靴を脱いで上がると、壁一面の棚が広がっていました。

この棚がそのまま、この本屋の仕組みです。100個あるというひとつひとつの区画に名前のラベルが付けられ、それぞれ別の「棚主」が本を選んで並べている。いわゆる「一棚書店」の形態です。小説、絵本、詩集、実用書──並ぶジャンルは棚主の数だけあり、その人の顔が、選ばれた本の背表紙を通じて浮かび上がってきます。

2023年のオープン時には100人のオーナーで棚が埋まり、そのオーナーの友人がまた訪れることで、小さなコミュニティが自然と生まれたといいます。丸テーブルの上には「糸かおの自由帳」と題されたノートが置かれ、「感想・コメント何でもお寄せください」の文字。本を手に、ベンチに腰掛けて一息つける場所です。
2階|個性的な2つの店舗
棚の奥に、白い暖簾が掛かっています。「2階にも本屋あります。」──その大きな文字に誘われて階段を上がると、1階とはまるで空気の違う空間が現れました。

「ALL BOOKS CONSIDERED」は、「読んだあとの自分への影響がすごく大きい本みたいなのを狙ってます」と語る店主が選書した、もうひとつの本屋です。中央のテーブルには、大手書店ではまず出会えない本が平積みにされています。
「彼は大学時代にこの本屋さんを始めて、本だけじゃなくて、こういう音楽とか洋服とか、20代の文化みたいなのにすごく精通してる。 読書するときの音楽を作ったり、ZINE(ジン)も作ってます」と後原さん。

テーブルの一角には「いとしまたたび ステッカー」や、イラストレーターによるキーリング、カレンダーなど、クリエイターの手仕事も並んでいました。選ばれた商品のひとつひとつに、店主の姿勢が滲んでいます。
2階にはもうひとつ、「なないろ工房」という紙の仕立て屋さんも入居しています。紙芝居制作と販売、製本のワークショップ、ステーショナリーグッズの制作と販売などを行う小さな工房で、残念ながら取材日はお休みでした。
「MAEBARU BOOK STACKS」という実験
1階は100人の「顔」が見える棚貸し本屋、2階は20代の店主が選書する本屋と紙の工房。取材中にはもう一軒の本屋が開店準備中で、近いうちに本に関するお店が4つとなるそう。「MAEBARU BOOK STACKS」というこの建物は、商店街の一区画がまるごと「本と出会う場所」になっています。
まちの本屋が減っていく時代に、こうした小さな本屋が商店街に根を張っている。しかもひとつではなく、本に関する複数のお店が同じ屋根の下に同居し、互いの客を呼び合いながら成り立っている。まちの人の顔、まちの顔を眺めながら過ごせる──そういう場所でした。
MAEBARU BOOK STACKS 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目2-14
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約6分
- 1階:糸島の顔がみえる本屋さん(棚貸し型コミュニティ書店)
- 2階:ALL BOOKS CONSIDERED(20代の店主が選書する本屋)、なないろ工房(紙の仕立て屋・ワークショップ)
- 公式Instagram
- 糸島の顔がみえる本屋さん:https://www.instagram.com/itoshimahonya/
- ALL BOOKS CONSIDERED:https://www.instagram.com/a.books.c/
- なないろ工房:https://www.instagram.com/nanairoehon/
※最新情報は公式Instagramをご確認ください
木と古物のお店 燕舎|「全部塗っちゃおう」古民家を緑で冷凍保存するリノベ空間
めぐるラボの奥へ進むと、板の看板が目に入ります。「木と古物のお店 燕舎」。その向こうに見えるのは、天井と壁が緑色に塗られた空間でした。

リノベーション工事で出た「まだ使えるもの」
福島さんが、この店の成り立ちを説明してくれます。
「僕ら商店街でいろんなことをやるときにも手伝ってもらうんですけど、工事に入るとまだ使えるものがたくさんあるんですよ。それはもちろん家具だけじゃなくて、建材とか、ノブとか、そういったものをリサイクル販売しながらカフェをされています。カフェの家具も全部そういうもので」
つまり、燕舎に並ぶ家具や什器は、改装工事で行き場を失ったモノたちの第二の人生。そして面白いのは、カフェとして使われているこの空間自体が「売り物」でもあるということです。
「全部買えるんですよ。カフェの中にあるものは椅子もテーブルも照明も」

気に入ったものがあれば、そのまま買って帰れる。座っている椅子ごと。
なぜ、全部「緑」なのか
しかし、この店の本当の衝撃は2階にあります。
階段を上がると、視界のすべてが緑に変わります。壁、天井、梁だけでなく、床、欄間の彫刻、障子の桟、棚、建具──古民家の構造がそっくりそのまま残っているのに、すべてが同じ緑色のペンキで塗られている。見事な欄間彫刻も、置物も、格子の手すりも、みんな緑。畳が敷かれていたであろう座敷が、吹き抜けを通して1階を見下ろせる構造になっていて、緑の梁のグリッド越しに、下のカフェ空間がのぞきます。

「古民家改装するのって、お金と時間と手間がかなりかかるんですよ」
「後原が、じゃあもう塗っちゃおうって。同じ色にペンキで上から塗っちゃえば、面白い古い良きものをなんか冷凍保存したかのように、しかもちょっとモダンな感じにも見えるんですよね」
一色で塗ろうという後原さんの提案に対し、大工さんが選んできたのがこの緑。塗ったのも大工さんだそうです。


「冷凍保存」──福島さんのこの表現が、この空間を見事に言い当てています。古いものを壊さない。かといって、昔のまま復元するのでもない。一色のペンキで「止める」ことで、時間がまるごと封じ込められたような不思議な感覚が生まれる。欄間の彫刻は、緑の中でむしろ存在感を増していました。
このスペースは、アートや写真の個展・作品の展示会場として借りることもできるそう。前原商店街の古い家屋が、職人のセンスひとつでまったく新しい空間に生まれ変わる。燕舎は、リノベーションの「正解」がひとつではないことを、鮮やかな緑で教えてくれました。
木と古物のお店 燕舎 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市前原中央3丁目2-15
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約6分
- 定休日:不定休
- 営業時間:11:00〜15:00(L.O.14:30)
- 特徴:商店街の改装工事で出たリサイクル家具・建材・古物の販売と、カフェの運営
- 公式Instagram:https://www.instagram.com/kitokobutsunoomise_tsubameya_/
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森とふれあうワークショップ|森と海の循環を体感する「森になる」10分
紅葉のトンネルを抜けて、山へ
塩そばで体が温まったところで、福島さんの車に乗り込みます。午後のプログラムは「森とふれあうワークショップ」。案内人は、午前中に小富士で出会った間伐材ボールペンの作り手──藤井芳広(ふじい・よしひろ)さんです。
車は前原のまちを離れ、山のほうへと走り始めました。二丈岳、女岳、浮嶽──糸島の南にそびえる山々に向かって、道はゆるやかに標高を上げていきます。

途中で車を降り、徒歩で会場の森へ。道の両脇は紅葉が燃えるように色づき、空まで染め上げるようなトンネルが、奥へ奥へと続いています。観光地ではない、地元の人が知る山道の紅葉。車の窓越しではなく、足の裏で落葉を踏みしめ、頬に冷たい空気を受けながら歩くと、まちとはまるで違う時間が流れていることに気づきます。

サンダルの案内人
森の入口で待っていた藤井さんは、サンダル履きでした。

杉の落ち葉が積もった地面を、素足に近い感覚で踏みしめていく藤井さんの背を追って森の奥へ。少し湿った土の匂い。木漏れ日が、杉の幹にまだらな光を落としています。小さな沢を越え、倒木を避けながら進んでいくと、大きな杉の根元にゴザが敷かれた「会場」が見えてきました。


「ここが今日の会場です」
参加者は大きな木に囲まれながら、ぐるりと輪になって座ります。足元の杉の葉は、赤茶色のふかふかの絨毯。ときどき葉がこぼれ落ちる音だけが、静寂のなかに落ちてきます。
「木が多すぎる」──日本の森が抱える矛盾
藤井さんが、航空写真とイラストマップを広げながら話し始めました。
「糸島は森と海のつながりを感じられやすいんです。住んでいても水源の森が見えるので。森と海のつながりを可視化したり、意識化するという取り組みをしています」

藤井さんがイラストマップを指し示しながら説明します。水色の矢印が、山の雨水から地中の浸透、そして海への循環を描いていました。
「今ね、こういう杉やヒノキって言うんですが、木が多いんですよね、ここ。日本は60年、70年前に杉をたくさん植えたんです」
杉は同じ時期に植えると同じように育つ。枝の位置が同じ高さになり、ぶつかり合う。枝がぶつかると根の成長も止まり、幹も太くならない。さらに枝が屋根のように日陰をつくるから、光が地表に届かず、他の木も育たない。そうなると他の植生もないので、水もあまり蓄えられず、土砂崩れが起きやすくなる。──藤井さんの説明は、目の前の森の景色と重なって、驚くほど腑に落ちるものでした。
木を減らすと、森が豊かになる
解決策は、間伐。木の数を減らすことで、残った木に光と空間が戻る。
「皮を剥くとこの木の成長が止まって、枝が落ちて葉っぱが落ちていくので、周りの木は枝が伸びて根っこも伸びて太っていく。地表には光が差して、他の木が生えてこれるんです」

皮を剥くと木は軽くなり、運び出しもしやすい。間伐された木は、オーガニックコスメの工場で活用されたり、筑前前原駅前のベンチになったり──「使うこと」で、森に間が生まれていきます。午前中に「小富士」で手にした間伐材のボールペンも、まさにこの森から来ているのです。
そして藤井さんの話は、地上の木から、地中の菌の世界へと降りていきました。
「木の根っこの周りに菌が住むんです。地上に杉しかないと、住める菌は少ない。だけど間伐して他の木が生えてくると、菌も豊かになる」
「地上の木の植生が豊かになると、地中の菌も豊かになって、水もたくさん蓄えられて、それが海に行くので、海の植生も豊かになって、さらに僕らはそれを食べたり飲んだりするので、僕らの体内の菌も豊かになるっていう」
森と海と人が、目に見えない菌のネットワークでつながっている。その壮大な循環を、藤井さんはこの森の中から、一本の杉の根元から語っていました。
「森になろう」──10分間の静寂
レクチャーが終わると、藤井さんが静かに言いました。
「今日は、”森になろう”っていうワークです。10分ぐらい、この中を歩いたり、ちょっと寝転んだり。自分の中の森も感じながら、この場所の森を感じてもらえたらなと思います」
好きな場所に行っていい。何をしてもいい。ただ10分間、この森にいるだけ。
参加者たちが、思い思いに散っていきます。沢のほうへ歩く人、苔むした切り株に手を当てる人、仰向けに寝転んで杉の梢を見上げる人。




10分は短い。でも、その10分で何かが変わる。風の音、木のきしみ、どこかで水が流れる気配。目を閉じると、自分の呼吸と森の呼吸の境界がぼやけていくような不思議な感覚がありました。
参加者が戻ってくると、藤井さんがドリッパーでコーヒーを淹れていました。ゴザの上に並んだケトルとカップ。森の中で、誰かが自分のために一杯を用意してくれていた。その気遣いが、じんわりと胸に染みます。
午前中に手にした一本のボールペンが、この森から来ていた。そのことが、今はただの知識ではなく、手のひらの感触として残っています。コーヒーの温かさとともに、その実感がゆっくりと広がっていきました。
森とふれあうワークショップ 体験情報
- 場所:糸島市内の森
- 特徴:糸島の森から海までの循環をテーマにした体験プログラム
- 公式Instagram:https://www.instagram.com/npo_itonami/
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駅前のバル|「地魚BANK」── 糸島の海と畑をグラスの向こうに
2日目の締めくくりに向かったのは、「駅前のバル」です。
地魚BANKのちょうちんに、5本のワインボトルに「駅」「前」「の」「バ」「ル」と一文字ずつラベルが貼られた黒い木箱のディスプレイ。筑前前原駅前の一角に温かい明かりがもれています。

生産者の顔が見えるカウンター
扉を開けると、木のカウンターの向こうにオープンキッチン。黒板にはチョークで書かれた今日のメニューが並んでいます。サイドの黒板には「バルの生産者たち」と題された糸島の手描き地図。ブドウ畑やワイナリーの位置、農産物や調味料の作り手や漁船の名前が記され、この一杯のワイン、この一皿の料理が、糸島のどこから来ているのかが一目でわかるようになっています。


「地魚BANK」は、糸島の魚をめぐる課題──漁の衰退や担い手の減少──に、食べる側も一緒に向き合おうという仕組みです。「駅前のバル」は、その食の現場にあたります。
糸島の一皿、糸島のワイン
いただいたのは糸島の海鮮とワインのペアリングコース。季節の野菜がぎゅっと詰まったプレートに、糸島の海の恵み。料理に合わせてワインが次々と注がれます。




丸いケーブルドラムのテーブルを囲んで、海外からのゲスト、地元の方々と取材チームがワイングラスを傾けながら、糸島の海と畑の恵みを味わう。2日目の夜は、こうして更けていきました。
駅前のバル 施設情報
- 所在地:糸島市前原中央2丁目1-21
- アクセス:JR筑前前原駅から徒歩約1分
- 定休日:月曜・火曜・水曜日
- 営業時間:18:00〜22:30(L.O.21:30)
- 特徴:糸島の生産者の顔が見える地図を掲げ、地魚と地元の食材が堪能できる、地魚BANKの飲食拠点
- Instagram:https://www.instagram.com/ekimaenobaru/
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【3日目】海と記憶をめぐる糸島
Bakery Restaurant CURRENT|高台から玄界灘を一望、海を見ながら朝ごはん
3日目の朝。山から海へ。
前日、藤井さんの森で「地上の木が豊かになれば、海も豊かになる」という話を聞いたばかりの私たちは、今度はその海に面した場所で一日を始めることにしました。向かったのは、糸島半島の海沿いに建つBakery Restaurant CURRENT(カレント)です。
石段を上がると、別世界が待っていた


駐車場から見上げると、ソテツやヤシが茂る岩の斜面に石段が伸びています。まるで南国のリゾートに迷い込んだような入口。ドアを開けると、足元は使い込まれた木の床板。太い柱と梁がむき出しになった天井には、かごのペンダントライトが吊り下がり、壁には額装された絵やアンティークの小物が飾られて、どこかリラックス感ある雰囲気です。
奥のダイニングに進み、思わず足が止まりました。

正面の大きな窓の向こうには──海。ヤシの木のシルエット越しに、玄界灘が水平線までひろがっていました。
テラスに出ると、さらに視界が開けます。屋根の下からは遮るもののない海のパノラマ。眼下には赤いロンドンバスを改装したカフェが2台、海岸沿いに並んでいるのが見えます。その向こうには漁港と、緑に覆われた岬。糸島の海は、こんな高さから眺めると、一段と深く美しい色合いでした。

香ばしく焼けたパンで、旅の3日目が始まる
モーニングプレートが運ばれてきました。こんがりと焼けたパンに、みずみずしいサラダ、カップに入ったスープ、そして目玉焼きとベーコン。スープの野菜は糸島産です。コーヒーを飲みながら窓の外に目をやると、朝の光が海面をきらきらと照らしていました。昨日、森の中で聞いた水の循環。その先にある海を眺めながら食べる朝ごはんは、どこか特別な味がしました。


Bakery Restaurant CURRENT 施設情報
- 所在地:福岡県糸島市志摩野北2290
- アクセス:JR筑前前原駅から車で約15分
- 定休日:水曜日(変更となる場合あり)
- 営業時間:モーニング8:00 〜10:00 (L.O.10:00)ランチ&カフェ11:00〜18:00(日曜日〜19:00、閉店1時間前L.O.)
- 特徴:高台から玄界灘を一望するロケーション。テラス席あり。糸島産食材を使用したモーニング・ランチ
- 公式サイト:https://www.bakeryrestaurantcurrent-2007.com
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桜井二見ヶ浦|白い鳥居と夫婦岩、「夕日の二見ヶ浦」へ
CURRENTを後にして車で約10分。糸島を象徴する景色が現れました。

エメラルドグリーンの海に浮かぶ二つの岩。しめ縄で結ばれた夫婦岩は、櫻井神社の宇良宮(うらのみや)として祀られている御神体岩です。砂浜に降りると、波打ち際に真っ白な鳥居が立っていて、その向こうに夫婦岩が並んでいます。
朝9時半を過ぎたばかりだというのに、すでに多くの観光客が訪れていました。鳥居の前では記念撮影の列ができています。
伊勢の二見浦を思い出させる光景。あちらが「朝日の二見浦」なら、こちらは「夕日の二見ヶ浦」。夏至の日には、伊勢の二見浦の中心から朝日が昇り、同じ日の夕方、ここ糸島の二見ヶ浦の中心に夕日が沈むといいます。


3日間、前原の商店街から森へ、森から海へ。商店街を歩き始めたときには「訪れる側」だった自分が、森を抜け、海に出て、気がつけば水平線を眺めている。観光でもなく、日常でもない。その間のどこかに、自分がいます。「自己実現」の意味を考えながら。
糸島の旅は、こうして静かに終わりました。
桜井二見ヶ浦 スポット情報
- 所在地:福岡県糸島市志摩桜井
- アクセス:JR筑前前原駅から車で約20分
- 特徴:櫻井神社の宇良宮。御神体の夫婦岩と海中の白い鳥居。「夕日の二見ヶ浦」として知られ、夏至の日に夫婦岩の中央に夕日が沈む
- 公式サイト:https://sakuraijinja.com/futamigaura/
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- みんなの(前原中央):コミュニティスペース、コワーキング、レンタサイクル。まち歩きの起点として最初に立ち寄りたい場所
- 新スタイル駄菓子屋 トムソー屋(前原中央):海賊船テーマの駄菓子屋。出張駄菓子屋も対応
- 糸島くらし×ここのき(前原中央):糸島の作り手によるクラフト・食品・衣料のセレクトショップ
- 山とスナック(前原中央):山をコンセプトにした会員制カルチャースナック。糸島の山20座をスタンプで登頂
- 糸島市観光協会(筑前前原駅前):観光案内、パンフレット・マップ配布、レンタサイクル
- 郷土文具のお店 小富士(前原中央):郷土文具のお店と3つのお店が同居
- MAEBARU BOOK STACKS(前原中央):棚貸し型コミュニティ書店、2階の本屋はこだわりの選書
- 木と古物のお店 燕舎(前原中央):古民家を丸ごと緑に塗装した「冷凍保存」型リノベーションカフェ
- 森とふれあうワークショップ(糸島市内の森):間伐と水循環のレクチャー、「森になる」ワーク
- 駅前のバル(筑前前原駅前):「地魚BANK」── 糸島の海と畑の恵みを味わうバル
- Bakery Restaurant CURRENT(志摩野北):高台から玄界灘を一望するベーカリーレストラン
- 桜井二見ヶ浦(志摩桜井):白い鳥居と夫婦岩。「夕日の二見ヶ浦」として知られる

