- 杉浦風ノ介さんが栗原へ移住し、シャッター商店街を再生するまでの経緯
- 86歳の現役マタギが営む「熊そば」と、六日町に息づく人情の風景
- 築200年の古民家「風の沢」で体感する、里山の循環と縄文の火が灯る万葉祭
- 達谷窟・鳥矢ヶ崎古墳群・中尊寺──「征服された側」の記憶をたどる平泉周辺の旅
- 栗原市 六日町通り商店街を起点に、1泊2日のまち歩きモデルコース(六日町通り商店街/風の沢・万葉祭/平泉)
紅葉の名所・栗駒山の麓に広がる宮城県栗原市。その北西部、栗駒岩ケ崎地区に「六日町通り商店街」はあります。
かつて細倉鉱山の従業員たちで溢れかえったこの通りは、鉱山の閉山とともに静けさを増し、シャッターの下りた店舗が目立つようになっていました。ところが2015年、一軒のカフェが開いたことをきっかけに、風向きが変わります。移住者たちが次々と空き店舗に灯りを点し、今では20を超える個性的な店舗が軒を連ねるまでになりました。中小企業庁「はばたく商店街30選」にも選出された、いま最も注目される商店街のひとつです。
その「最初の一軒」を開いた人物が、杉浦風ノ介さん。古民家カフェ「かいめんこや」、そしてコーヒー豆焙煎所「ムヨカ珈琲ロースタリー」を営みながら、移住希望者の相談にも乗る──街と外をつなぐゲートキーパーです。六日町の商店街から里山の万葉祭、そして平泉へ──。ガイドブックには載らない「みちのく」の奥へ、風ノ介さんと一緒に2日間歩いてきました。
移住して開いた「最初の一軒」──栗原市・六日町通り商店街を動かした杉浦風ノ介さん

杉浦風ノ介(すぎうら・かぜのすけ)さん
六日町合同会社 代表社員
プロフィール:川崎から栗原へ、20年前の移住
「杉浦風ノ介と申します。神奈川県の川崎市出身で、20年前にこの栗原市に移住してきました」
インタビューは、風ノ介さんの自己紹介から始まりました。
現在は、六日町通り商店街でコーヒー豆の焙煎・販売を行う「ムヨカ珈琲ロースタリー」を営みながら、移住希望者の相談にも乗っています。
六日町との関わり:一杯のコーヒーから始まった商店街再生
風ノ介さんが栗原に来た20年前、「移住」という言葉は今のような響きを持っていませんでした。まして、シャッターの下りた地方の商店街にあえて店を開くという発想自体が、まだピンとこない時代です。
2015年、風ノ介さんは明治中期に建てられた空き家を改装し、「cafe かいめんこや」を開業。この一軒をきっかけに、商店街の風向きが変わり始めます。地域おこし協力隊が加わり、空き店舗の調査とマッチングが進むと、移住者たちが次々と開業。閉店する店がある一方で新たな店が生まれ、商店会の会員数は現在も約40店舗を維持しています。
六日町の特色:「柴又」のような人情と、移住者への寛容さ
六日町の人たちは、どんな人たちなのでしょうか。風ノ介さんに尋ねると、意外な固有名詞が飛び出しました。
「寅さんに出てくる柴又にいるような、まあ下町ではないんですけど、人情厚い人たちが多い街だなと思っております」
そしてもうひとつ、風ノ介さんが感じているのは、移住者に対するこの街の懐の深さです。
「我々移住者に対しても、割と寛容というか、意外と大目に見てくれてる部分もあったりして。たくさん迷惑をかけてるんですけど、多分温かい目で見てくれてるのかなと勝手に私は思っております」
杉浦風ノ介さんの1日:焙煎の香りと、日によって様々な動き方

風ノ介さんの朝は、豆を焼くことから始まります。
「朝起きて豆を焼いて、お店の開店をして。豆を焼いた後は、まあその日によって様々なことをやってます」
焙煎機に向かい、煎りたての香りが漂い始めると、一日のスイッチが入る。開店後は店に立つだけでなく、移住相談に応じることも。日によって動き方が変わるフレキシブルなスタイルは、コーヒー豆屋であると同時に「まちの相談窓口」でもある風ノ介さんならではです。
そんな風ノ介さんのソウルフードを尋ねると、迷いなく答えが返ってきました。
「僕のソウルフードは熊そばです」
商店街の入口にある「狩人」というお店。85歳を超える現役マタギの店主が、自ら山に入って獲った熊の肉を使った蕎麦を出しています。体の芯から温まる、六日町ならではの一杯。風ノ介さんが太鼓判を押すこの味については、まち歩きパートで詳しくご紹介します。
こんなところがGOOTです:通りすがりで終わらない、交流のある旅
GOOTの理念に共感するところを尋ねると、風ノ介さんの言葉に力がこもりました。
「観光を通して交流をするっていうことは、とても共感することだなと思います」
ただの通りすがりの旅行ではなく、地域との交流を持つこと。それは、訪れた人にとっては思い出になり、地域にとっては刺激になる。お互いに関係を作っていくことで、新しい広がりや動きが生まれていく──。
「この動きが全国にもっと普及していくように、みんなで頑張っていきましょう」
100人の観光客より、何度も訪れる10人の仲間。GOOTが掲げるその理念は、まさにこの商店街で日々実践されています。
杉浦さんと歩く六日町 ── まち歩き体験記(六日町通り商店街〜里山〜平泉)
ここからは、1泊2日のモデルコース「杉浦さんと歩く六日町 まち歩き体験記」として、杉浦風ノ介さんの案内でまちを歩きます。この体験記は、六日町通り商店街を起点に、マタギの熊そば→ナマケモノ書店→里山の万葉祭→風の沢→達谷窟→鳥矢ヶ崎古墳群→中尊寺を2日で巡るモデルコースです。
単なる名所巡りではありません。移住者と地元の人々が肩を寄せ合い、小さな商いと人情で紡いできた商店街の物語。そして、国家の歴史に回収されなかった東北の記憶──「蝦夷(えみし)」の祈りと暮らしの痕跡をたどる旅でもあります。
【1日目】六日町と里山の「体温」に触れる──マタギの熊そばからくりはら万葉祭の火まで
大林寺(栗原市)|国境を超えた静かな敬意が眠る、田園の中の寺

静かな田園風景の中にひっそりとたたずむ大林寺。
木立に包まれた本堂が、長い時間を抱きしめるように静かに迎えてくれます。
この寺には、国や立場を越えて向き合った二人の記憶が残されています。
韓国独立運動家 安重根 と、その看守を務めた宮城出身の憲兵 千葉十七。
獄中で交わされた対話のなかで、千葉は次第に安の人柄に深い敬意を抱くようになります。
立場は対峙していても、そこには人としての理解と静かな信頼が芽生えていました。
大林寺には、千葉十七の墓、安重根が死の直前に千葉に送った書「為國献身軍人本分(国のために身を捧げるは軍人の本分なり)」を刻んだ石碑、 安重根が千葉十七の為に書いた遺墨のレプリカがあります。
ここは何かを学ぶ場所というより、土地に残る記憶に、そっと身を置く場所。
大林寺で過ごすひとときは、歴史の奥にある人間の温度を感じる、静かな余白の時間です。



大林寺 施設情報
- 所在地:宮城県栗原市若柳大林町裏219
- アクセス:JRくりこま高原駅から車で約12分
狩人(かりゅうど)(栗原市)|86歳の現役マタギが営む「熊そば」


六日町通り商店街の入口に、白い暖簾が揺れています。「そば 狩人 うどん」──両端に描かれた愛嬌のある熊のイラストが温かみを添えていました。暖簾を吊るす棒は、よく見ると鹿の角。入口の脇には、どっしりと構えた木彫りの熊。ここが普通の蕎麦屋ではないことは、店に入る前から伝わってきます。
引き戸を開けると、壁には熊の毛皮、イノシシの剥製、鳥の尾羽。まるで山の中に迷い込んだような店内。ここは86歳の現役マタギが、奥様と二人で営む「熊そば」の店です。


六日町のマタギ(千葉清さん)
千葉清さん、86歳。熊は怖くないのかと尋ねると、清さんはこう答えました。
「怖いと思ったらやられますからね。怖いと思わないで、これはうまそうだなと思って取るんです」
今や一人で山に入り、熊を追える猟師は、この地域にはもう清さんしかいません。「誰もいませんよ。一人で山の中、クマを追って歩くってやつは誰もいませんから」。
平成元年からの味──滋味あふれるスープ

「狩人」の開業は平成元年(1989年)。以来35年以上、清さんが自ら獲った熊の肉を使った蕎麦を出し続けてきました。
運ばれてきた熊そばを前に、まず驚くのはスープの色の深さです。表面を覆う脂が熱を閉じ込め、最後の一口まで冷めることがありません。大ぶりに切られた熊肉は噛むほどに滋味が広がります。スープを一口すすると、体の奥のほうから、じわりと温もりが広がっていくのがわかりました。
「もっと獣くさいのかなと思ったけど、全然臭くなくて」──取材チームの率直な感想に、清さんが応えます。
「臭みっていうのはあるんですけれども、取る時期と処置によって、全然臭みがないのが本当なんです」
変わりゆく山、マタギが見つめる風景
清さんの話は山の現状にまで及びました。
国の方針で南の方の広葉樹が伐採され、補助金付きでスギやヒノキが植えられた。餌場を失った熊たちは、北へ北へと移動を始めた──清さんはそう分析します。
「それが原因で北の方の熊は増えたはずなんです。私が若い頃はほとんど熊の姿っていうのは見られなかったんですよ。それが今や、どこにもいるようになりましたからね」
狩猟期間は毎年11月1日から翌年2月15日まで。わずか3ヶ月半。この短い期間に、清さんは山に入り、足跡を追い、時には冬眠中の穴を探し当てます。
「クリスマス前後が一番おいしい」
冬眠に備えてたっぷりと脂を蓄えた12月の熊。その肉が「狩人」に並びます。1頭で約2ヶ月分。限りある山の恵みを、清さんは一椀ずつ、丁寧に届けているのです。
店を出ると、まだ体の芯が温かい。清さんが山から運んできた命の熱です。六日町に来たら、この一杯をぜひ。
狩人 施設情報
- 所在地:宮城県栗原市栗駒岩ケ崎六日町72
- アクセス:JRくりこま高原駅から車で約20分
- 定休日:不定休
- 名物:熊そば(自ら獲った熊肉を使用)
※フレッシュな熊肉が味わえるのは12月頃から
六日町ナマケモノ書店(六日町通り商店街)|自分のペースでいい、ゆるやかな豊かさ

栗駒六日町通り商店街の一角に、ふと足を止めたくなる場所がある。
それが 「六日町ナマケモノ書店」 です。
派手な看板や宣伝の言葉はなく、扉をくぐるとまず木の香りが出迎えます。
本棚に並ぶのは、流行りだけを追う本ではなく、手に取る人の心がふと軽くなるようなタイトルたち。
あちらこちらに並ぶ本や雑貨には、まちに関わる人の息遣いがそっとにじんでいます。
店の名前にある「ナマケモノ」という言葉は、頑張らないことを否定するものではなく、“自分のペースでいい日々を大切にする”という価値観の表現としてこの通りに根づいています。
ここに集まるのは、本を求める人だけではありません。
商店街を歩く人たちがふらりと立ち寄り、棚の本をめくり、まちの手の人によって作られた雑貨に手を伸ばし、訪れた人同士で会話をする。
そんな光景が日常になっている場所です。
何かを学ぶための本でもなく、気取った趣味のための本でもなく、ただ自分の心に落ちる一冊との出会いがある。
この書店は、そんな“ゆるやかな豊かさ”の象徴とも言える場所です。
六日町ナマケモノ書店は、ふっと息をつくような居場所として、この街の風景にやさしく溶け込んでいます。
六日町ナマケモノ書店 施設情報
- 所在地:宮城県栗原市栗駒岩ケ崎六日町56
- アクセス:JRくりこま高原駅から車で約20分
- 営業時間:11:00〜17:00
- 定休日:火曜・水曜・木曜日(祝日は営業)
- 公式サイト:https://slothbooks.stores.jp
※最新情報は公式サイトをご確認ください
くりはら万葉祭|縄文の火と「ギブミーベジタブル」の食卓


秋の風が里山を抜けるころ、風の沢に、時間が少し遡る一日が訪れます。
特別な舞台装置はありません。
あるのは、地元の人たちの手で準備された踊りや演奏。
手作りの舞台上では伝統的な踊り、見たことのない色とりどりの衣装。
いつもは耳にしないような抑揚の音楽と歌。
お酒を酌み交わす声と、今日あったばかりの子供たちの笑い声が混ざり合い、気づけば、自分がどの時代に立っているのかわからなくなる。
そんな感覚が、ゆっくりと広がっていきます。







生きることを、持ち寄る夜
広場の真ん中には、大きな火が灯されています。
縄文土器を焼くための火。
人が自然と共に在るために、縄文の人々が残した祈りの痕跡——土器。
脈々と受け継がれてきた祈り——伝統芸能。
そして、人の手と祈りの結果として生まれる——食。
2019年、この万葉祭にひとつの試みが加わりました。
それが「ギブミーベジタブル」。
入場料は、お金ではありません。
食材を、ひとつ持ってくること。

野菜でも、米でも、山の恵みでもいい。
それぞれが育て、選び、運んできた食材を持ち寄り、まずは神前に捧げる。
その後、料理人やその場にいる人々の手によって、その場かぎりの即興料理へと次々に生まれ変わっていきます。
古代から変わらないことがあります。
生きることは、食べること。
土と水と光、そして人の手。
東北の豊かな大地から育まれた恵みが、ここでひとつの食卓になります。
それはレストランでも、屋台でもありません。
集まった人たちの思いと土地の力が混ざり合う、一夜限りの“食のアート”。
旅人にとっては、偶然出会う一夜の風景かもしれません。
けれど、国境も時間も超えて、たしかにこの土地の一員になったような感覚は、きっと静かに心に残り続けるでしょう。




風の沢(旧高橋家)(栗原市)|築200年の有形文化財で里山に還る滞在

宮城県栗原市の里山に、築200年の古民家を中心とした複合施設があります。
それが、風の沢です。
国の登録有形文化財にも指定されたこの建物は、長いあいだ人の手を離れ、朽ち果てようとしていました。
しかし、この土地に縁もゆかりもなかったひとりの想いが、この大地の「地場」に引き寄せられるようにして、再生という新たな物語が始まりました。
修復にあたって心がけられたのは、新しくすることではなく、かつてここにあった生活の匂いを、できるだけ残すこと。
昔ながらの土間、囲炉裏、茅葺作家・小林功氏による茅葺屋根。
一歩足を踏み入れた瞬間に感じる、楚々とした佇まい。
そこには、この地で営まれてきた暮らしの美しさが、静かに息づいています。
5,000坪の広大な敷地に、全5棟。
ホテル、レストラン、瞑想室、茶室、里山フィールドを備え、滞在そのものがひとつの体験になります。
ご宿泊は完全貸切で大切な方との特別な時間や、心を整える場として最適な場所です。
春夏秋冬、それぞれ違う表情を見せる里山。
夜には焚火の中で虫の声、朝にはやわらかな光と鳥の声が聴こえます。
昼の時間は元ミュージアムを活かし「風の沢ミュージアム」として一般開放。
宿泊されない方も、カフェや軽食を楽しみながら、自然とアートに触れることができます。
そして、この場所で味わう食もまた特別です(要予約)。
Azuman cuisine ——東(あずま)の人々の食材や郷土料理を、現代的に再構築したオートキュイジーヌ。
Terroir(固有の風土)、Intrinsic flavors(食材本来の味わい)、Sustainability(持続可能性)を大切にし、東北の大地に根差した新しい食体験を生み出しています。
風の沢は、ただ滞在する場所ではありません。
この美しい里山の自然と文化を未来に残していくための、“仲間”を募る場所でもあります。
コミュニティに参加することで、この場所の再生と継承に関わりながら、特別な体験を共有することができます。
ここで過ごす時間は、観光でも消費でもない、里山とともに在る時間です。




風の沢(旧高橋家) 施設情報
- 所在地:宮城県栗原市一迫片子沢外の沢11
- アクセス:JRくりこま高原駅から車で約25分
- 公式サイト:https://kazenosawa.site
※最新情報は公式サイトをご確認ください
「征服された側」の記憶をたどる──達谷窟から中尊寺へ、平泉周辺の旅
達谷窟毘沙門堂(平泉町)|岩壁に抱かれた1200年の祈り──蝦夷の聖域に耳を澄ます

巨大な岩壁に抱かれるようにして佇む達谷窟。
この場所に立った瞬間、思わず言葉を失いました。境内西側には、東西およそ150メートル、 最大高低差35メートルにも及ぶ岸壁が連なり、 その下方の岩屋には、懸造(かけづくり)で建てられた窟毘沙門堂。
さらに岸壁の上部には、大日如来、あるいは阿弥陀如来と伝えられる 大きな磨崖仏が静かに刻まれています。
人の手と自然の造形が重なり合うこの場所は、 単なる寺院というより、 岩そのものが信仰の対象となってきた聖域です。
一般には、ここは 坂上田村麻呂が蝦夷討伐の戦勝を記念し、 京都・鞍馬寺から毘沙門天を勧請して建立した霊場—— そう説明されることが多い場所です。
けれど、この岩窟は、 もともと“征服の舞台”として生まれたわけではありません。
ここは、はるか以前から 水と岩と森に囲まれた祈りの場所でした。
後に「蝦夷」と呼ばれた人々にとって、 この岸壁は聖域であり、 自然と共に生きるための精神的な拠り所だったと考えられています。
中央の記録には、悪路王という首領が住み、討伐されたと残されています。
しかし蝦夷の側から見れば、 ここは“征伐された地”ではなく、 奪われた祈りの場所だったのかもしれません。




境内入口には鳥居が立ち、別当は達谷西光寺。
神と仏が分かれる以前の時代の名残をとどめる、神仏混淆の社寺です。
現在も境内は神域とされ、 飲食や喫煙、動物を連れての参拝は禁じられています。
達谷窟は、 中央国家が境界を引く以前から人が生きていた場所。
剣ではなく、自然と共にあることで世界を理解していた人々の痕跡が、 この岩の奥に静かに眠っています。
ここを訪れるということは、 ただ史跡を見ることではありません。それは、 語られてこなかった東北の記憶に、 そっと耳を澄ますこと。
達谷窟は今も、 勝者の歴史と土地の記憶が重なり合う場所として、 訪れる人の心に静かな問いを投げかけています。



達谷窟毘沙門堂 施設情報
- 所在地:岩手県西磐井郡平泉町平泉字北澤16
- アクセス:JR平泉駅から車で約10分
- 開門時間:8:00~17:00(11月6日~2月28日は16:30まで)
- 拝観料:大人500円、中学・高校生200円
- 公式サイト:https://www.iwayabetto.com
※最新情報は公式サイトをご確認ください
鳥矢ヶ崎古墳群(栗原市)|語られなかった東北史の余白──「征服される側」の長たちが眠る丘

初めて訪れたとき、正直、少し戸惑いました。
案内板も整備された遊歩道もなく、目の前に広がるのは、草に覆われた静かな起伏と里山の風景。
「本当にここが古墳群なのだろうか」と。
けれど、ここは確かに、東北に生きた人々——
後に「蝦夷」と呼ばれた有力者たちが眠る場所。観光地のように整えられていないのは、保存の予算がないからだけではないのかもしれません。
中央の権力に組み込まれた豪族の古墳なら、説明板が立ち、史跡として整備されていたはず。
けれどここに眠るのは、国家の物語に回収されなかった人々。
つまり、“征服される側だった長たち”の墓です。
この土地の水や森と共に生き、共同体を率いていた人たち。
鳥矢ヶ崎古墳群は、展示されるための遺跡ではありません。
それは、語られなかった東北史の余白。
勝者の歴史の外側に置かれた人々の記憶です。
達谷窟と同じように、この場所もまた、国家が境界線を引く以前の景色を今も静かに抱えています。
鳥矢ヶ崎古墳群 スポット情報
- 所在地:宮城県栗原市栗駒鳥矢ケ崎字猿飛来鳥矢ヶ崎
- アクセス:JRくりこま高原駅から車で約17分
中尊寺(平泉町)|1000年の祈りと、奥州が守り続けた静かな強さ
六日町から北へ足を延ばし、山あいの空気に包まれると、杉木立の向こうに中尊寺が静かに姿を現します。
ここは、ただの観光地ではありません。
奥州藤原氏が築いた“平和の理想郷”の思想が、今もこの地に息づいています。
金色堂のきらびやかさが有名ですが、本当に心に残るのは、その奥にある「祈りの時間」です。

奥州藤原氏が描いた“戦のない世界”
12世紀。
戦乱の世にあって、奥州藤原氏は仏の教えによる理想国家を目指しました。
その象徴が金色堂。

極楽浄土をこの世に再現するという発想は、権力の誇示ではなく、平和への祈りそのもの。
金色堂には初代清衡・二代基衡・三代秀衡の遺体が安置され、四代泰衡の首級も後にここへ納められました。
千年を超えてなお、この空間は「願い」を語り続けています。
月見坂を歩くという体験
本堂へと続く月見坂。
杉並木の中を、ゆっくりと登っていきます。

急がない。
写真を撮ることも忘れる。
ただ足音と風の音を感じる。
この坂は、土地の時間に自分を合わせるための道。
歩き終える頃、呼吸が少し整っています。
いまも“生きている”寺








中尊寺は天台宗の寺院であり、今も法要と修行が続く祈りの場。
世界遺産という肩書きよりも、ここに流れる静かな時間にこそ価値があります。
消費する観光ではなく、敬意を持って触れる文化。
GOOTの旅の中で中尊寺を訪れる意味は、まさにそこにあります。
中尊寺 施設情報
- 所在地:岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
- アクセス:JR平泉駅から徒歩約25分
- 拝観時間:季節により異なる
- 拝観券:金色堂・讃衡蔵は有料
- 公式サイト:https://www.chusonji.or.jp
※最新情報は公式サイトをご確認ください
- 大林寺(若柳):田園の中に佇む静かな寺。国境を超えた記憶に触れる立ち寄りスポット
- 狩人(六日町):現役マタギの「熊そば」。六日町ならではの滋味を味わう(不定休)
- 六日町ナマケモノ書店(六日町):“自分のペースでいい”が息づく本屋。旅の途中で呼吸を整える場所
- くりはら万葉祭(栗原市内):火を囲み、踊り・歌・食が立ち上がる一夜。里山の“祭りの熱”に参加する
- 風の沢(一迫・片子沢):築200年の有形文化財で里山に還る滞在。宿泊・体験の拠点に
- 達谷窟毘沙門堂(平泉):岩壁に抱かれた祈りの場。みちのくの奥の時間に耳を澄ます
- 鳥矢ヶ崎古墳群(栗駒・鳥矢ヶ崎):整備されすぎない里山の遺跡。語られなかった東北史の余白を歩く
- 中尊寺(平泉):月見坂をゆっくり登って出会う祈り。敬意をもって訪れたい場所

